「決済」を巡る争いは、国内では2018年末に PayPay の20%還元キャンペーンで口火を切った印象があるが、隣国である中国では数年前から壮絶な決済覇権争いが勃発している。
みなさんご存知、アントフィナンシャル運営のAlipay(アリペイ)とテンセント運営のWeChat Pay(ウィーチャットペイ)の二強による争いだ。
本記事では、アリペイとWeChat Payの決済領域をめぐる争いについて、アリペイの戦略を中心に振り返っていく。これから国内で活発化するであろうQRコード決済の覇権争いにも活かすことのできる学びがあるかもしれない。
アリペイとWeChat Payの決済シェア
まず初めに、ここ数年の両者の決済領域におけるファクトについて確認しよう。
こちらがオンラインオフラインを合計した決済額におけるシェアの遷移を示したものだ。
グラフが示すように、2015年Q1にはアリペイが圧倒的な地位を築いていたが、徐々にWeChat Payがシェアを奪ってきていることが分かる。
この数字から分かるかもしれないが、アリペイにとってWeChat Payは後ろから追ってくる「脅威」なのだ。では、次章以降で、その脅威に対してアリペイがとった戦略についてみていこう。ここからが本題。
春節の紅包で忍び寄るWeChat Payの影
アリペイは、2003年にアリババグループのEC「タオバオ」における決済手段としての起源があり、そこからオフライン含めその他の決済に利用可能なサービスへと進化していった歴史を持つ。この決済領域においては長年利用されてきた圧倒的な存在だ。
一方、WeChat Pay は、2011年にLINEのようなメッセージングアプリ「WeChat(ウィーチャット)」がリリースされ、その後2013年8月に「WeChat Pay」として決済の機能が付与されたものだ。2013年当時で既に4億人前後のアクティブユーザー数を抱えており(2018年時点でMAUは10億人を超えた)、その膨大なユーザーとの接点を強みに、決済領域にも足を踏み入れたわけだ。
そんな WeChat Pay が広まっていくきっかけとなったのが、2014年の春節にリリースされた「紅包(ホンバオ)」を送るサービスだ。
紅包 posted by (C)Shiqiao
中国には、「紅包(ホンバオ)」と呼ばれる、春節の前に、目上の人から目下の人へ、お金を送るお年玉のような慣習がある。その紅包が WeChat Pay 内で簡単に行えるようになった。
この紅包の機能は、WeChat Pay の利用者増に大きくつながった。今までメッセージングアプリであった WeChat が「送金」という金融ビジネスとつながった。
もちろんアリペイも「紅包」のチャンスには気づき、2015年には策を講じたが、WeChat Pay は中国国営放送である中央電視台とも連携し宣伝を行い、この年も WeChat Pay が大きくユーザー数を伸ばすことになった。
「決済の戦いはシーンの戦いである」という気付き
そのような中、当時アリペイの指揮をとっていたハンジーミンは、顧客との接点の重要性に気づく。その気づきは、2015年6月にリリースされたアリペイのVer9.0に反映された。
具体的には、「朋友(友達)」機能を正式に搭載すると共に、アリペイを「生活サービスプラットフォーム」と位置づけた。
アプリのタブの並びとしても、
- 生活:生活に関連するサービス
- 口碑(コウベイ):中国語で「口コミ」のこと。O2Oの地域生活に関するサービス
- 朋友:「朋友圏」という友達グループを作成しグループチャットができるサービス
- 財務:金融系サービス
のようになっており、「生活サービスプラットフォーム」としての強い意思を感じる。
ハンジーミンは「決済の戦いはシーンの戦いである」という言葉を残している。つまり、単一のサービスでユーザーを縛っておくことはできないが、シーンのあるところにはユーザーの決済行為がある、ということだ。
この視点はまさにその通りで、いかに生活者のシーンと決済をシームレスに結び付けられるかは日本の決済覇権争いにおいても注目のポイントだろう。
オフライン決済のシェア逆転の秘策
オンラインとオフラインを合算した数値では、シェアを奪われつつもアリペイが優勢な構図は変わらずであったが、オフライン決済においては、WeChat Pay が優勢な状態となっていた。一時「アリペイ:WeChat Pay = 3:7」まで差は開き、アリペイとしては何かしらの対抗策を講じる必要があった。
そのような中、打ち出した3つの施策を紹介しよう。ちなみに、これらの施策だけというわけでないが、アリペイは一時3:7と劣勢だった状況から、2017年11月にはイーブンに持ち込んでいる。
代金受取用QRコードの配布
まず、代金受取用のQRコードを配布することでアリペイの「業務の幅」を広げることができた。
今までは、コードを印刷して壁に貼っていたが、それと比較して、材質も見た目もよく、耐久性に優れていた。
また、「碼商(マーシャン)」と呼ばれる、営業許可証がない個人の場合にもお金の受け取りニーズがあれば配布を行った。これにより、今までリーチが出来ていなかった層の開拓にも成功した。
ユーザーとショップ双方に紅包付与
プラットフォームとして成立させるためには、ユーザーだけでなくショップ側もハッピーにする必要がある。
そこでアリペイは、ユーザーがアリペイの登録を行うと、ユーザーとショップの双方に紅包(ホンバオ)を配布することにした。これにより、お店がユーザーに対してアリペイへの登録を促す仕組みを構築することができた。
結果として、ユーザーとショップ双方の利用頻度を上げることができた。
周辺サービスの拡充
ショップがさらに便利に利用できるように周辺サービスの拡充にも手を付けた。
たとえば、「多収多貸」は、データを用いた比較的低額の短期貸付サービスだ。ショップのちょっとした店舗改良時等に簡単にお金を借りることができる。2017年末で累計571万人が借り入れをしており、その中には100万を超える「碼商(マーシャン)」もいるという。
また、「余利宝」という有休資産を活用した資産運用サービスの提供も開始した。
これらにより、ショップにとってアリペイが切るに切れない関係性となっていった。
まとめ
アリペイとWeChat Payの覇権争いを見ていると、やはり健全な競争がより良いサービスを生んでいくのだと感じる。
アリペイが圧倒的首位を保ったままであったなら、ショップへの紅包配布や短期貸付サービス等は生まれてこなかったかもしれない。そうなると、ショップ側の満足が得られずにQRコードによる決済はここまで広がっていなかったかもしれない。
日本では今、キャッシュレス決済の推進は急務とされている。それを達成するためには、国の進めるキャッシュレスによりポイント還元といった制度設計ももちろんあるが、それよりも各社が正々堂々と覇権争いを繰り広げることが最も大切なのではと、アリペイの動きを見て感じた。
2018年末、それに近しい還元バトルが勃発した。2019年、どのようなバトルが巻き起こるか、注目していきたい。
参考書籍
本記事を作成するにあたり、こちらの本を参考にさせて頂いた。アントフィナンシャルの立ち上がりから今までの壮絶なストーリーが描かれており、非常に学びの多い本だ。
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