小売やマーケティングの未来を考える上で、中国のニューリテールの事例は、まさに教科書のようなものだ。
中国では、アリババやジンドンを中心にEC領域における争いが本格化した後、2016年にジャック・マーが「今後10年、20年で、"eコマース"は消滅し、"ニューリテール"の時代となる」と語ったことを皮切りに、新たな競争が急スピードで起きている。
本記事では、書籍『事例でわかる 新・小売革命 中国発ニューリテールとは?』を元に、中国のニューリテールについて整理していこう。

- 作者: 劉潤
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2019/03/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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小売の本質は、「人」と「物」をつなぐ「場所」
まず、ニューリテール(新小売)について考える前に、「小売」とは何か整理しよう。
アリババの定義によると、小売とは、「人」と「物」をつなぐ「場所」である。それぞれの要素を因数分解すると、以下のようになる。
「物」における「DMSBbC」は、商品のデザインから販売までのプロセスを表している。それぞれ、以下のような意味である。
- D:Design(デザイン)
- M:Manufacture(メーカー)
- S:Supply Chain(サプライチェーン)
- B:Business(商業施設)
- b:business(商店, 小型の店舗)
- C:Consumer(消費者)
「場所」は、「情報流」と「金流」と「物流」の3つに分けられる。人が購買を判断するところから、実際に物が手元に届くところまでの流れを示している。
そして、「人」は、店舗あるいはECサイトに来訪した人のアクションを、人材流×成約率×客単価×リピート率という要素に分けて考えられる。
小売の全体像を示すと、このような形になる。では、ニューリテールでは、この小売がどう変わっていくのだろうか?
ニューリテールは小売の何を変えるのか?
アリババCEOのダニエル・チャン氏は、ニューリテールは「ビッグデータのエンパワーメントによって、人、物、場所の再構築を行う」ものであるとしている。
これまで、アリババ含め中国テック企業は、オフラインをある意味「軽視」し、オンラインに力を注いできた。
ニューリテールでは、そのオンラインやオフラインといった区切りを一旦フラットに考え、データを用いることでそれらの効率化をゼロベースで考えていく必要がある。
中国第2位のEC JD.com を運営するジンドングループの創業者である劉強東(リュウチャンドン)氏は、ニューリテールのことを「ボーダーレスリテール」とも呼んでいるが、まさにオンラインやオフラインといったボーダーはニューリテールにおいては融和していくのだ。
では、ニューリテールによって、冒頭の「人」と「物」とそれらをつなぐ「場所」において、どのような変化が起きるのか?
簡略化して1枚の図で表すと、以下のようになる。
「物」、すなわち商品のサプライチェーンは、「短絡経済」とよばれる中間の不要なプロセスのカットにより効率化が進んでいく。
その中で、たとえばアリババのECタオバオのデータを元に、売れる確率の高い商品を店頭に揃えるといったこともできるようになる。
「人」においては、「売場効率革命」により、トラフィックあたりの売上が増加していく。
たとえば、アリババ系列の「フーマーフレッシュ(盒馬鮮生)」は、生鮮食品のスーパーでありながら、購入したものをその場で調理をしてくれるイートインのサービスがあったり、30分以内の指定地点への配送も可能であったりする。
つまり、フーマーフレッシュは「オフライン店舗に武装された生鮮EC」として設計されている。このように、再定義をすることで売り場面積あたりの収益効率はさらに高めていくことができる。
そして、「場所」においては、「データエンパワーメント」により組み合わせを最適化していく。ここについては、実際にその詳細について、それぞれの「情報流」「金流」「物流」それぞれについて解説していこう。
情報流:オンラインの効率性とオフラインの体験性
情報流とは、購入に必要な情報のことを指す。オフラインの店舗であれば、実際に手にとり、匂いを嗅いだり、操作してみるといったことも含まれる。
このように、オフラインにおける情報流には「体験性」という武器がある。一方で、オンラインにおける情報流では、「より早く、より完全で、より安い」という「効率性」という武器がある。
このオフラインとオンラインの良さを組み合わせるのがニューリテールである。
ニューリテールとは、オンラインの高効率性を活用し、オフラインの体験性に効率性という翼を授けることだ。
出典:『事例でわかる 新・小売革命 中国発ニューリテールとは?』P.76
ニューリテールの動きの1つとして、オフライン店舗の体験型店舗化の流れがある。これは、中国に限らず、ナイキやノードストロームのような米国企業も動きを始めている。
これまで、オフライン店舗は、その場で購入してもらえるという暗黙の了解の元、「無料」で情報流を提供してきた。しかし、日本でも家電量販店のショールーム化が問題視されるように、オンラインECの発達により、その前提は変わりつつある。
そのような中で、オフライン店舗では「体験」のみにフォーカスし、そこでの売上は望まないという振り切った形態がでてきているわけだ。店員は「どうぞ、ネットで買ってください」と言うことができる。そんなUXを提供するような企業も増えているというわけだ。
今後、体験型店舗にフォーカスした(ショッピング)モールなどが出てきても面白い。そこは、もはやエンタメの場となるかもしれない。メーカーやブランドは、そこでの売上に対してお金を払うのではなく、生活者に対して体験を提供することにお金を払うというわけだ。
中国では、シャオミの体験型店舗である「ミーストア」もその一例だ。オンライン、オフラインで同価格と打ち出し、店舗では各商品の体験ができる。
さらに、高効率性も身に着けており、店舗内の大型ディスプレイからQRコードを読み込むことでその場で注文をすることもできるわけだ。
金流:オンラインの利便性とオフラインの信用性
金流、すなわち代金の支払いについても、ニューリテールで新たな動きが出てきている。
これまで、オンラインでの支払いは、利便性はあるけれども、そこにはいつも信用性の問題がついて回っていた。
オフライン店舗であれば、その場で物とお金の交換がなされるため、信用性は高い。それは高額の商品であればあるだけ、重要となる。
オンラインの場合に、いかに信用を担保するか?
そこで出てきたのが、企業が信用を評価し後払いを可能にするソリューションだ。
ジンドンの「京東白条」に始まり、アリババの「花唄」など、各種の後払いサービスが登場し、オンラインにおける信用性は企業が信用スコアリングのもと担保することになった。
この信用スコアリングの元となるが、個人のデータである。アリペイなどの決済データを含め、様々なデータから信用を評価し、後払いであれば上限金額を算出するわけだ。
この信用スコアリングは、後に、日本でもよく引き合いにだされる「芝麻信用」にも利用されている。
物流:オンラインの広範性とオフラインの即時性
物流においては、オンラインは多種多様な商品を揃える広範性を持っている一方で、オフラインでは購入してすぐに物が手に入るという即時性がある。
これら2つの要素をニューリテールではどのように組み合わせるのだろうか?
まず、オンラインにおいて即時性を実現する手段としては、ドローンの利用が考えられる。ジンドングループが特に力を入れている領域だ。ジンドングループのドローン配送は世界的にも評価されており、日本からも楽天が連携強化に乗り出している1。
即時配送を実現する手段として、もう一つ面白い事例がある。アリババでは、双11の年に一度の大セール前に、カート内に購入予定商品を入れておくことを推奨し、そのカート内の商品データをもとに配送の準備を進めることで、物流の効率化を行ったという。このようなデータ活用もありうる。
また、オフラインで広範性を実現する手段としては、アリババの天猫小店における商品予測が面白い。オフライン店舗では売り場面積の都合上、品揃えは限られるが、その特定の場所においてより購入されやすい商品をタオバオ(EC)のビッグデータから分析し、仕入れを行っている。
こうすることにより、消費者にとっては「欲しいと思った商品がある」という状態が実現できるため、ある意味疑似的に広範性を実現できているのだ。
『アフターデジタル』と合わせて読むとなお良い
『新・小売革命』- 情報流・金流・物流からみえる中国発ニューリテールとは?)』で描かれている世界は、同時期に発売された『アフターデジタル』という書籍と重なる部分もある。
ただ、それぞれ別々の良さがあり、合わせて読むとさらに理解が深まる内容だ。
『アフターデジタル』については、以下の記事にまとめているので、詳細が気になる方はご確認いただきたい。 www.dappsway.com
まとめ
本記事では、書籍『事例でわかる 新・小売革命 中国発ニューリテールとは?』で描かれている、中国のニューリテールの全体像についてご紹介してきた。
本書では、本タイトルのとおり、様々な事例を元にニューリテールの世界観について解説がされているため、本記事を読んでもっと知りたいと思った方は、是非読んでみてほしい。
ニューリテールはこれからのマーケティングに欠かせない考え方だ。小売に関わる方はもちろん、マーケティングに関わる全ての人におすすめだ。

- 作者: 劉潤
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2019/03/15
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